AIに書かせた文章は、なぜ読んだ瞬間にAIっぽいのか

出してもらった原稿を並べて眺めていたら、同じ癖が四つ見えてきた。
直し方も、そこから決まった。

ブログの下書きをAIに手伝ってもらうようになって、しばらく経つ。
便利なのは間違いない。
ただ、出てきた文章をそのまま読むと、なぜか「これはAIが書いたな」と分かってしまう。

どこで分かるのか、自分でもうまく言葉にできずにいた。
気になって、これまでに出してもらった原稿を並べて眺めてみた。
すると、同じ癖がいくつも見えてきた。

1. どの文も、同じ長さで揃っている

人が書いた文章は、リズムがばらつく。
長い説明のあとに、短い一文が挟まる。
言い切ったり、途中で言いよどんだりする。

AIの文章は、その揺れが少ない。
どの一文もきれいに三十字前後で、句点の位置まで整っている。
読んでいて少し疲れるのは、たぶんこれが理由だ。

2. 主語がいない

「〜と考えられます」「〜が重要です」。
誰がそう考えたのか、書いていない。
教科書としては正しいけれど、読み物としては誰の声でもない。

僕は下書きを直すとき、まずここを探す。
「考えられます」を「そう思う」に変えるだけで、文章が急に人のものになる。
不思議なくらい効く。

3. 話が大きくなりすぎる

キャンプ場でコーヒーを淹れた話を頼んだのに、最後は「豊かな時間とは何か」で締めくくられている。
スケールを上げれば良い文章になる、と学習しているのだと思う。
実際に読者の記憶に残るのは逆で、具体的なもののほうだ。

湯気の立ち方、指先の冷たさ、豆をこぼして拾ったこと。
そういう細部はAIには出せない。僕しか知らないからだ。

4. 良いことと悪いことが、同じ重さで並ぶ

利点を三つ書いたら、欠点も三つ。
きれいに釣り合っていて、書き手がどちらを勧めたいのか分からない。
読者が知りたいのは、たぶん「で、あなたはどうしたの」のほうだと思う。

やめずに、順番だけ変えた

使うのをやめたわけではない。
構成を考えてもらったり、言葉の意味を調べてもらったりは、いまも頼んでいる。
変えたのは順番だ。

先にAIに書かせて手直しすると、骨組みまで相手のものになっていて直しきれない。
粗くてもいいので自分で書いてから、読みにくいところだけ相談する。
こうすると、文章の芯は自分のまま残る。

文章の良し悪しは、うまさよりも「誰が書いたか分かるか」で決まる気がしている。
そこだけは、まだ人の仕事だと思う。

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