1990年から計算し直したら、需給ギャップが−25%まで開いた

「失われた30年」を実際に編集できるようにしたくて、同じ計算エンジンを1990年度からも回せるようにした。
最初に出てきたのは、実力だけがひとり歩きする経済だった。

日本経済シミュレーターをつくる第9回 / 全9回目次

「失われた30年」という言葉がある。
バブル崩壊から続く長期停滞のことだ。
この道具の性格を考えると、言葉で説明するより先に、実際に過去の分岐点を書き換えて見せたほうが早いと思った。消費税が導入されなかったら。ゼロ金利にしなかったら。1990年度からやり直して、2026年度までの経路がどう変わるかを試算するモードを作ることにした。

ここで壁にぶつかった。
エンジンは2026年度からしか動かせない作りになっていた。

較正が、起動時に一度だけ2026年度から逆算されていた

中身を見ると、こう書いてあった。

const DEMAND0 = BASELINE.GDP.nominal * ...;
const POTENTIAL_SCALE = ...;
const INCOME_TAX_RATE0 = ...;

モジュールが読み込まれた瞬間に、2026年度の実績値からこの手の定数を10個ほど逆算して、あとはずっとそれを使い回す。
step関数そのものは年に依存しない、ただの計算だ。
でもその手前の「較正」が2026年度専用に固定されていたので、1990年度から回すには較正のやり直しが要った。

2つのモードを一切壊さずにこれをやるには、較正の部分だけを関数に括り出すしかない。
createEngine(baseline, population)というファクトリを作って、これに2026年度の実績を渡したものをengine.tsとしてそのまま公開した。
呼び出し側から見える関数もオブジェクトも1つも変えていない。
既存の49件のテストがそのまま通ることを確認してから、1990年度の実績を渡した2つ目のエンジンを作った。

資本ストックが少なすぎて、経済が自分の実力を追い越した

1990年度のバブル期の実績を並べて、最初のバージョンを回してみた。
設備投資が対GDP比20%、住宅投資が6.5%。バブル期らしい高い数字を入れた。
資本ストックは名目GDPの2.6倍ほどにしておいた。

2000年代に入るころ、需給ギャップがマイナス25%まで開いていた。
物価は下限のマイナス4%に張り付いたまま、10年以上戻ってこなかった。

原因は資本ストックの水準にあった。
投資の額がほぼ同じでも、もとの資本ストックが小さいと、その投資が資本ストックを押し上げる割合は大きくなる。
資本ストックが実際より薄すぎたぶん、毎年の投資が「資本不足を急いで埋め合わせる」ように効いてしまい、潜在GDP(経済の実力)がありえない速さで伸び続けていた。
実際の需要はそんな速さでは増えないので、差はどんどん開く一方だった。

定常状態から資本ストックを逆算した

投資の対GDP比と資本減耗率が決まれば、資本ストックが「増えも減りもしない」定常状態の水準は機械的に決まる。

資本/GDP比(定常) ≒ 投資の対GDP比 ÷(減耗率+成長率)

設備投資と公共投資を合わせた対GDP比24.5%、資本減耗率6%、成長率をならして1.5%とすると、24.5÷7.5でおよそ3.27倍になる。
ここに近い3.17倍(名目GDP457.4兆円に対して資本ストック1450兆円)を選び直した。
設備投資も20%から18.0%へ、住宅投資も6.5%から5.5%へ、ブームの強さを少し弱めに置き直した。

これで、開始した瞬間に経済が実力を追い越して走り出す動きは止まった。

それでも、下限に長く張り付くのは変わらなかった

正直に書いておく。
調整したあとも、2010年前後から2026年度まで、物価はほぼマイナス4%の下限に張り付いたままになる。
実際の日本もこの期間はほぼずっとデフレだったので、向きとしては外れていないと思う。
ただ、下がり方の程度はさすがに強すぎる。1990年度という遠い年からの較正は、2026年度ほど手をかけて詰められていない。

債務残高の対GDP比は40.4%から255.3%まで上がった。実際の日本の一般政府ベースの水準(230%台)に近い。
ここは狙いどおりに動いてくれた数少ない指標の1つだ。

1つの経済モデルによる試算、という言い方に落ち着いた理由

1990年度から36年ぶんを一度に較正し直すのは、2026年度の実績だけを相手にするのとは難易度が違った。
検証できる実績値の数が少なく、当時の統計を遡って確認できないところは概算で埋めるしかない。

だから「失われた30年ラボ」の免責バナーには、唯一の正解ではなく1つの経済モデルによる試算だとはっきり書いた。
政権や政党の評価に使う道具にもしていない。総合スコアや支持率も出さない。
出すのは、税率や金利を1つ変えると、その先の経路がどちらへどれだけ動くか、という因果の向きだけだ。
それでも、消費税が導入されなかった1990年代がどう見えるかを、実際に手を動かして確かめられるようにはなったと思う。

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