AIに手順を渡すのをやめた。先に書くようにしたのは「終わったと分かる形」だった
丁寧に書くほど、やり直しが増えていた。
足りなかったのは説明ではなく、終わりの決め方だった。
AIに仕事を頼むとき、僕はずっと「どうやるか」ばかり書いていた。
手順を細かく書けば、そのぶん正確に返ってくるはずだと思っていたからだ。
ところが、丁寧に書いた回ほど往復が増える。
返ってきたものを見て、そこじゃない、と書き直す。
三回、四回とやって、結局こちらが手を動かしたほうが早かった、という日が何度もあった。
やり方を変えたのは、ある朝、自分の指示文を読み返したときだった。
そこには「どうやるか」しか書いていなくて、「どうなったら終わりか」がひとことも書いていなかった。
手順を渡すと、書いていないところで道が分かれる
手順というのは、書いた本人の頭の中では一本道に見えている。
受け取る側には、そう見えていない。
たとえば「一覧を新しい順に並べて」と書いたとする。
新しいというのは、作った日なのか、直した日なのか、公開した日なのか。
僕の中では公開した日で決まっていたけれど、指示文のどこにもそれは書いていない。
書いていないところは、必ず何かで埋まる。
勝手に決められたのではなくて、決めなかった僕のかわりに埋まっただけだ。
機械が既定値で埋めてくる話は、日付の形が端末によって違っていた回にも書いた。
相手が人でも機械でも、指示していない部分の扱いは同じだと思う。
手順を厚く書くほど、この「書いていないところ」は減るどころか増える。
工程が増えれば、その継ぎ目ごとに解釈の余地が生まれるからだ。
先に渡すようにしたのは、終わりの形のほうだった
いま僕が先に書くのは、手順ではなく、終わったと分かる形のほうだ。
「記事のリード文を直して」ではなく、「直したあと、リード文の中に半角の逆スラッシュが一つも残っていないこと」と書く。
「一覧を並べ替えて」ではなく、「並べ替えたあと、一件目が公開日のいちばん新しい記事になっていること」と書く。
言い方を変えただけに見えるかもしれない。
でも、この二つは受け取る側から見るとまるで別物だ。
前者は作業の指示で、後者は合否の線だ。
合否の線があると、相手は自分で見直せる。
出してくる前に一度自分で当ててから返してくる感じがあって、明らかに一発目の精度が上がった。
条件は、僕が自分の手で確かめられるものにする
ここでひとつ決めごとを作った。
終わりの形は、必ず僕が自分の手で確かめられるものにする。
「読みやすくなっていること」は条件にならない。
僕がそれを数えられないからだ。
「一文が六十字を超えている箇所がゼロ件」なら数えられる。
「安全になっていること」も条件にならない。
「入力欄に山括弧を入れて送信しても、画面に生のタグが出ないこと」なら、自分で入れて試せる。
数えられる形にした瞬間、話がずいぶん静かになった。
できたかどうかで揉めなくなるからだ。
できていなければ数字が合わないだけで、そこに解釈が入る余地がない。
これは板場にいた頃の感覚と近い。
「きれいに切れ」と言われても分からないが、「厚さを揃えて、十貫ぶん並べたときに背が同じ高さになるように」と言われれば、自分で見て直せる。
毎日の投稿で、実際に渡している三つ
このサイトの記事は毎日、機械が組み立てたものを僕が確かめてから公開している。
そのときに渡している終わりの形は三つある。
一つめ。
本文の長さを宣言している数字と、実際の中身の長さが、一バイトも違わないこと。
ここがずれると記事が丸ごと開かなくなる。
二つめ。
手元の環境で実際にそのページを開いて、見出しの数が想定どおりで、文字化けが一か所も無いこと。
画面で見るのではなく、開いて数える。
三つめ。
本番に入れたあと、同じ日時の記事が一件だけであること。
二件あったら、それは二回入ってしまったということだ。
この三つは、速く作るための工夫ではなくて、壊れたものを外に出さないための線だ。
それでも取りこぼしはあって、一文字の書き間違いが二十一本の記事に複製されていた回は、この線の網の目をすり抜けている。
網の目が粗かったところに、あとから一本足した。
減ったことと、減らなかったこと
やり直しの回数ははっきり減った。
体感で半分くらいだと思う。
一回目で当たらなくても、二回目には合う。
減らなかったのは、最初に考える時間のほうだ。
終わりの形を書くには、自分が何をもって終わりとしているのかを先に決めないといけない。
これがけっこう難しくて、書けない日がある。
ただ、書けない日というのは、たいてい僕自身が何を作りたいのか決まっていない日だった。
そこで手順だけ渡していた頃は、決まっていないまま作業が進んで、あとで全部やり直しになっていた。
頼む相手が機械かどうかは、たぶんあまり関係ない。
終わりの形を先に決めておくと、途中の道はけっこう相手に任せられる。
逆に、終わりを決めずに道だけ細かく指定すると、着いた場所が違っていても文句が言えない。
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