掘りたてのさつまいもは甘くない。焚き火に入れる前に、待つ時間がいる
直売所の泥つきの芋を、その日の焚き火で焼いても甘くなりにくい。
さつまいもは、掘ってから置いておく時間で甘くなる野菜だ。
秋の直売所に、泥のついたさつまいもが並びはじめる。
掘りたてです、と札が出ていると、それが売り文句に見える。
でも、その日の夕方に焚き火の熾きへ入れると、ほくほくには焼けても甘くない、ということが起きやすい。
芋は、掘った日がいちばん美味しいわけではない。
採れたてがいちばん、という野菜の常識の、数少ない例外だと思う。
掘りたては、まだ甘くなっていない
野菜は採れたてがいちばん、という感覚は根強い。
葉物ならそのとおりだ。
とうもろこしなんてその日のうちに火を入れないと甘さが逃げるくらいで、待つ理由がひとつもない。
さつまいもは逆になる。
掘った直後の芋は、甘みのもとをまだ甘さの形で持っていない。
しばらく置いておくあいだに中身が変わって、そこでようやく甘くなる。
だから産地では、掘ってすぐ全部を出荷しない。
倉庫でひと月、ふた月と寝かせたものが冬に出てくる。
焼き芋屋の芋が甘いのは、腕だけでなく時間のおかげもあるのだと思う。
待つあいだに、中で何が起きているのか
細かいところまで説明できるほど詳しくはないので、よく言われている範囲で書く。
芋の中身の大半はでんぷんで、これはそのままだと甘くない。
貯蔵しているあいだに水分が少し抜けて、でんぷんが糖に変わっていくと言われている。
加熱したときにでんぷんを分解して甘くする働きも、寝かせた芋のほうがよく出るらしい。
産地では掘ったあと、温度と湿度を高くした部屋に数日入れる処理をすることがある。
傷口をふさいで長く置けるようにするためのもので、これをやってから貯蔵に回る。
設備がないと真似できないので、家でできるのは単純に置いておくことだけだ。
家庭では、二週間から一か月ほど置くのがひとつの目安になる。
置く期間を変えて食べ比べてみると、違いが分かりやすいと思う。
置き方をひとつ間違えると、待った意味がなくなる
寝かせるといっても、冷蔵庫に入れてはいけない。
さつまいもは寒いところが苦手で、冷やしすぎると味が落ちるし、傷みも早くなる。
新聞紙にくるんで、段ボールに入れて、家の中の涼しいけれど冷えすぎない場所に置く。
それだけでいい。
洗わないのも大事だと思う。
泥がついたまま置いたほうが長くもつので、直売所で泥つきが売られているのには理由がある。
洗うのは食べる直前でいい。
車で持ち帰るときも、後ろの荷室に転がしっぱなしにすると皮に傷が入る。
傷が入ったところから先に悪くなるので、箱のまま積んで、上に重いものを乗せない。
このへんは夏の直売所で車に積める野菜の回と同じ考え方になる。
かぼちゃも同じで、切ってから分かる
かぼちゃにも同じことが起きる。
収穫してすぐのものは水っぽくて、ほくほくにならない。
こちらも一、二週間ほど置くと味が乗ってくると言われていて、丸のままなら涼しい場所でしばらく持つ。
切ったあとは別で、種とわたを取って冷蔵庫へ入れて早めに使う。
直売所で丸ごとのかぼちゃが安いときは、すぐ食べる予定がなくても買っておいていい。
置いておく時間が味方になる野菜だからだ。
桃はまた仕組みが違うらしい。
置いておくと柔らかくなって香りが立つけれど、芋のように甘さそのものが増えるのとは別の変化だと言われている。
見分け方は直売所の桃の回に書いたとおりで、あちらは待つというより、いま食べ頃かを見る話になる。
焚き火で焼くなら、強い火ではなく長い時間
寝かせた芋を持っていっても、焼き方でつまずくことがある。
炎の中に入れると外側だけ炭になって、中は火が通っていない。
甘くする働きは、そこそこの温度をゆっくり通っていくあいだに進むので、急いで高い温度に当てても甘くならないのだと思う。
焼くなら、炎が落ちて熾きになってから、灰をかぶせて端のほうに置く。
アルミホイルの前に濡らした新聞紙を巻くと、乾きすぎずに中まで火が入りやすい。
太いもので一時間から一時間半が目安で、途中で一度だけ転がす。
竹串がすっと通って、切れ目から蜜が出ていたら焼き上がりだ。
急ぐと、だいたい失敗する。
待たなくていいものと、待たないと駄目なもの
直売所の野菜は、大きく二つに分けられる。
その日のうちに食べたほうがいいもの。
とうもろこし、枝豆、葉物、きのこ。
こちらは時間が敵で、買った日の献立を決めてから買う。
置いたほうが美味しくなるもの。
さつまいも、かぼちゃ、里芋、玉ねぎ。
こちらは時間が味方で、買うときに食べる日を決めなくていい。
この二つを同じ箱に入れて持ち帰ると、どちらかの扱いがずれる。
車に積む段階で分けておくといい。
すぐ食べるほうはクーラーボックスへ、待つほうは新聞紙にくるんで箱へ。
掘りたてが美味しくないというのは、少し変な言い方かもしれない。
ただ、掘った時点ではまだ途中なのだと思えば納得がいく。
畑から出たあとにも、まだ続きがある野菜がある。