釣った魚をそのまま袋に入れて、夕方まで置いていた。現地で先にやることが二つある
魚が傷むのは、身より先に腹からだった。
包丁一本あれば、着いて十分で終わる話。
隣のサイトの人が、朝に釣ってきた魚を三尾ほど分けてくれたことがある。
ありがたく受け取って、袋のままクーラーボックスに入れた。
夜になって出したら、腹のあたりが柔らかくなっていた。
匂いも、朝もらったときのものとは変わっていた。
氷は入っていた。
蓋も閉めていた。
それでも駄目だった理由は、置き場所でも温度でもなく、腹を開けていなかったことだった。
魚は、身より先に腹から傷む
店で握っていた頃、仕入れた魚は届いてすぐ腹を開けていた。
それが当たり前だったので、なぜかを考えたことがなかった。
内臓には、食べたものを溶かすための働きが残っている。
魚が死んだあとも、その働きはすぐには止まらない。
溶かす相手がいなくなると、今度は内側から自分の身を柔らかくしていく。
腹のあたりだけが先に緩んでくるのは、そのためだ。
エラも同じで、ここには血が多く残っている。
血は傷みやすいし、匂いのもとにもなる。
魚を丸ごと持ち帰ったのに生臭かった、というときは、たいていエラが付いたままだ。
身のほうは、実はもう少し粘る。
冷やしてさえいれば、そう簡単には落ちない。
先に手を打つべきなのは、いつも腹のほうだった。
現地でやることは二つだけ
キャンプ場でできることは限られている。
まな板は小さいし、水は炊事場まで行かないと出ない。
だから欲張らないことにしている。
やるのは、エラを外すことと、腹を開けて中を出すことの二つだけだ。
エラは、頭の横のふたを開けると赤い部分が見える。
その付け根を、上と下で切り離して引けば取れる。
包丁の先だけを使うので、大きな刃物は要らない。
腹は、肛門のあたりから顎の下に向けて、浅く一本入れる。
深く入れると内臓を切ってしまって、かえって汚れる。
皮一枚を切る感じでいい。
開いたら中身を指で引き出す。
三枚におろす必要はない。
現地でそこまでやると、身が空気に触れる面積が増えて乾く。
切り分けるのは食べる直前でいい。
洗うのは短く、拭くのは丁寧に
ここでいちばん失敗しやすいのが水だ。
背骨に沿って血の塊が残っているので、そこは流しながら指でこすって落とす。
ただし、真水に長く浸けない。
魚は水を吸う。
吸った水は焼いても抜けきらず、味が薄くなって身も緩くなる。
洗ったら、すぐ水気を拭く。
これをやるかやらないかで、翌日の匂いがはっきり違う。
表面に残った水は、そのまま傷みのもとになる。
僕は紙のタオルを厚めに一枚使って、腹の中まで拭く。
そのあと袋に入れて、空気をできるだけ抜いて閉じる。
紙で包んでから袋に入れると、あとから出てくる水も吸ってくれる。
氷には、直接当てない
冷やすのは正しい。
ただ、氷や保冷剤に魚を直接くっつけると、当たっていたところだけ白くなる。
冷えすぎてその部分が凍り、身が変わってしまうからだ。
袋に入れたうえで、間に一枚はさむ。
布でも紙でもいい。
それだけで防げる。
もうひとつ気をつけているのが、溶けた水だ。
箱の底には氷の溶けた水が溜まる。
そこに袋の口が浸かっていると、結局は真水に漬けているのと同じことになる。
魚は箱の下のほうに置きたいが、水たまりの中には置きたくない。
このあたりの置き分けは、クーラーボックスの中に段を作る話と、氷を長持ちさせる詰め方の話にまとめてある。
現地で開けないほうがいい場合もある
どこでもやっていい作業ではない。
出た内臓は生ゴミになる。
キャンプ場によっては生ゴミを受け付けていないし、受け付けていても夏場は袋のまま置いておけない。
炊事場で魚を洗うのを断っているところもある。
だから僕は、着いたら先に確認する。
駄目そうなら、その場では何もしない。
かわりに、袋を二重にして持ち帰り、家の台所で同じことをやる。
持ち帰ると決めたときほど、冷やし方は丁寧にする。
開けていない魚は、開けた魚より時間が短いからだ。
もらった魚は、その場で聞いておく
釣ってきた人から分けてもらうときに、ひとつだけ聞くようにしている。
いつ釣れたか、ということだ。
朝いちばんに釣れたものと、さっき上がったものでは、その日のうちにやることが変わる。
時間が経っているなら、生で食べるのはやめて火を通す。
このあたりの線引きは、生で食べられるかどうかを現地で判断する話に書いた。
焼き方で迷ったら、焚き火で魚を焼くと黒焦げか生焼けになる話のほうを見てほしい。
腹を開けた魚は火の通りが早いので、そのぶん近づけすぎないほうがうまくいく。
十分あれば終わる
三尾なら、慣れていなくても十分あれば終わる。
設営の途中でやることになるので面倒に感じるが、これをやらずに夜まで置くと、せっかくもらった魚が食べられなくなる。
あのとき柔らかくなった魚は、結局しっかり火を通して食べた。
味は悪くなかったが、刺身にできたはずのものだった。
魚は、手に入れた瞬間から時間との勝負が始まっている。
冷やすのは時間を遅らせる工夫で、腹を開けるのは、そもそも減りはじめている量を減らす工夫だ。
順番としては、後者のほうが先に来る。