刺身が余った夜、翌朝までどうするか。寿司屋でやっていたのは、冷やすことじゃなかった

連泊の初日に買った刺身が、少しだけ余った。
パックごとクーラーボックスへ戻して翌日開けたら、底に水が溜まって味が抜けていた。
冷やしておけば持つ、と思っていたのが間違いだった。

道の駅の鮮魚コーナーで、つい多めに買ってしまう。
安いし、その日に上がったものだと書いてあるし、二人なら食べきれるだろうと思う。
たいてい食べきれない。
その晩はパックごとクーラーボックスに戻して、翌日の昼に開けた。
底に水が溜まっていて、身は白っぽく、口に入れても味がしなかった。
傷んではいない。
ただ、もう刺身ではなかった。

落ちるのは、温度のせいだけじゃない

切った身は、置いておくと水が出る。
出るというより、身の中から押し出されていく。
このとき水と一緒に、旨みも外へ出る。
そして出た水に浸かったまま置かれると、そこから表面が傷んでいく。
匂いが立つのも、たいていこの水のほうからだ。

厄介なのは、しっかり冷やしていても水は出るということだった。
僕はずっと、保冷さえ効いていれば時間は止まると思っていた。
止まるのは傷みの速さだけで、水は出続けている。
だから最初にやるべきなのは、冷やすことではなく水を切ることだった。

醤油に漬ける、はもともと保存の技だった

寿司屋で働いていた頃、まぐろの漬けは味付けというより仕込みの一部だった。
もとをたどれば、冷蔵庫のなかった時代にまぐろを日持ちさせるためのやり方だ。
醤油の塩分が身の中の水を引き出して、代わりに味が入っていく。
水が抜けたぶん身が締まって、歯ごたえも変わる。
味をつけているように見えて、やっていることは水の追い出しだった。

外でやるなら、ジップ付きの袋がいちばん楽だ。
袋に醤油を少し、あれば酒とみりんも少しずつ。
本来は酒とみりんを一度煮立ててアルコールを飛ばすけれど、外でそこまでやるのが面倒なら醤油だけでもかまわない。
身が浸るほど入れる必要はなくて、袋の空気を抜けば少量でも全体に回る。
三十分ほどで食べ頃になる。

翌朝まで置くつもりなら、漬けっぱなしにしないほうがいい。
塩辛くなりすぎるし、身が硬くなる。
三十分ほど漬けたら液から出して、別の袋に移しておく。
それと、漬けたからといって常温に置いていい理由にはならない。
保冷の効いているところに入れておくのは、どちらにしても前提の話だ。

赤身と白身で、向き不向きがある

漬けが合うのは、まぐろやかつおのような赤身のほうだ。
味が濃いので、醤油に負けない。

たいやひらめのような白身に同じことをすると、醤油のほうが勝ってしまって、何を食べているのか分からなくなる。
白身に使うのは塩だ。
ごく薄く塩を振って、キッチンペーパーで包んでおく。
しばらくすると紙が湿ってくるので、そこで一度だけ紙を替える。
これだけで、翌朝の身の締まり方がまるで違う。

店では、ここで昆布に挟んでいた。
外に昆布を持ち出すのは荷物なので、僕は紙だけで済ませている。
それでも、何もせずにパックのまま置くのとは比べものにならない。

迷ったら、その晩のうちに火を入れる

ここまで書いておいてなんだが、いちばん確かなのは翌日まで生で持ち越さないことだ。
少しでも迷ったら、その晩のうちに焼くか煮るかしてしまう。
焼いておけば翌朝ほぐしてご飯に乗せられるし、煮ておけば汁ごと温め直すだけで一品になる。
夏場は、迷いをぜんぶ火のほうへ倒していい。

とくに青魚は、生で持ち越す相手ではない。
温度が上がった時間の長さがそのまま効いてくるうえに、困ったことに焼いても消えないものがある。
火を通せば大丈夫、が通じない場面があるということは、頭の隅に置いておいたほうがいい。

やらないほうがいいこと

ひとつ、一度テーブルに出したものをパックに戻して冷やし直す。
冷たくなると元に戻った気がするけれど、常温にいた時間は消えない。
食べる分だけ皿に取って、残りは開けずに置いておくほうがいい。

ふたつ、出た水に浸かったまま置く。
移し替えるのが面倒でも、水を切って紙を敷き直すだけで翌朝が変わる。

みっつ、匂いを嗅いで自分で許可を出す。
見た目も匂いも変わらないまま良くない状態になっていることがあるので、鼻は判定に使わない。
判断は時間と温度でする。

寿司屋にいた頃、その日に残った種をどうするかは毎日の仕事だった。
冷やすのは前提であって、技ではない。
技のほうは、水をどう扱うかに全部入っていた。
肉を家で下味をつけて凍らせておく話を前に書いたけれど、あれと同じで、現地で困ることの多くは前の晩か家のほうで片付いている。
余ったときにどうするかも、買う前から決めておけばいい。

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