「人工の人工知能」と呼ばれた市場が、九月三十日で店じまいする
Amazon Mechanical Turk が二十一年で閉じる。
機械のふりをしていたのが人間だった時代の話が、どうも他人事に思えなかった。
Amazon Mechanical Turk のトップページを開いたら、閉鎖のお知らせが出ていた。
二〇〇五年に始まって、二十一年目での店じまいになる。
名前だけは知っているという人が多いと思う。
細かい作業を世界中の人に少しずつ請け負ってもらう、いわば人力の請負市場だ。
この場所が畳まれるという話が、僕にはどうも他人事に思えなかった。
何があったのか
公式サイトにはこう書かれている。
「検討の結果、二〇二六年九月三十日をもって Amazon Mechanical Turk を終了することを決定しました」。
そのまま、永久に閉じる、と続く。
段取りも公開されている。
作業の提出は九月三十日まで。
発注側がボーナスを支払えるのは十月三十日まで。
提出済みの作業を承認するか差し戻すかの期間が閉鎖後三十日あり、それを過ぎたぶんは自動で承認される。
取引の履歴は二〇二七年一月二十八日まで見られる。
いきなり決まった話ではない。
七月三十日の時点で、すでに新規の受け付けは止まっていた。
そのとき AWS は「慎重に検討したうえでの決定」だとして、既存の利用者はこれまでどおり使えるが新しい機能を入れる予定はない、と説明していた。
看板を下ろす前に、灯りを一つずつ落としていた形になる。
やっていたことは地味な作業の集まりだ。
画像に何が写っているかを答える。
音声を文字に起こす。
短いアンケートに答える。
一件あたり数円から数十円という単価の仕事が延々と並んでいて、それを世界中の人が拾っていく。
創業者のジェフ・ベゾスは、この仕組みを「人工の人工知能」と呼んだ。
発注する側から見ると、投げれば結果が返ってくる機械のように見える。
中で動いているのは人間だ。
僕がひっかかったところ
最初にひっかかったのは、順番だった。
この二十一年、機械のふりをしていたのは人間のほうだった。
いまはその逆が増えている。
中で動いているのは機械なのに、人が書いたような顔で出てくる文章を、僕らは毎日読んでいる。
中に人がいるのか機械がいるのか、外から見て分からない。
その一点だけは、二〇〇五年からずっと変わっていない。
変わったのは、どちらが中にいるかという中身のほうだけだ。
もうひとつ、笑えない話がある。
二〇二三年にスイスの研究チームが、この市場で文章を要約する仕事を出して、作業した人がどうやって答えを作っているかを調べた。
三十三パーセントから四十六パーセントが、大規模言語モデルを使って書いていたという結果だった。
人の判断を集めるための市場に、人が機械の答えを持ち込んでいた。
論文の題は「人工の人工の人工知能」で、ベゾスの言い方に一語足しただけのものになっている。
上手いことを言うな、と思ったあとで、笑いが止まった。
これは他人の話ではない。
僕はこのブログを、AI と一緒に書いている。
調べものも下書きも手伝ってもらっているし、そのことは以前から書いている。
つまり僕は、置き換える側にも置き換えられる側にも同時に立っている。
細かく分けられて単価の安い仕事から順に消えていく、という流れがあるとして、では文章を書く仕事はその流れのどのあたりにいるのか。
先頭ではないと思いたいけれど、外にいるとは言えない。
最後にひっかかったのは、閉じ方そのものだ。
報道によれば、同じ日に SageMaker Ground Truth と Amazon Augmented AI も終わるという。
人の手でデータを整える仕組みから、Amazon はまとめて降りることになる。
そこで働いていた人たちのぶんの説明は、公式のお知らせにはほとんど書かれていない。
いつまでに何を提出できて、いつ支払われるか。
段取りとしては丁寧だが、それだけだ。
市場が閉じるとき、内側にいた人の生活の話は、たいてい外には出てこない。
で、僕はどうするか
一つめ。
機械が書けない部分がどこかを、はっきりさせておく。
うちのブログで機械に書けないのは、板場にいた頃に何を言われたか、畑で何を失敗したか、トラックでどこに停めて何を見たか、まる子が何歳で何が変わったか、この四つだと思う。
要するに、僕がその場にいたという事実だ。
調べれば分かることを上手に並べる仕事は、たぶんいちばん先に薄くなる。
二つめ。
使っていることを隠さない。
今回の一件で分かったのは、中に人がいるか機械がいるかは外から見えない、ということだった。
見えないなら、こちらから言うしかない。
言えば信用が減ると思っていた時期もあるけれど、いまは逆だと思っている。
隠して見抜かれるより、先に言って読んでもらうほうがいい。
三つめ。
どこか一つの場所に、生活を全部預けない。
二十一年続いた市場でも、決まってから一か月ちょっとで閉じる。
決めるのは僕らではないし、事前に相談もされない。
検索からの流入も、SNS も、広告も、たぶん同じ性質のものだ。
複数の入り口を細く保つ手間は、無駄に見えて保険になる。
閉鎖まで一か月と少しある。
九月三十日を過ぎたら、あのページはもう開かない。
二十一年前、人間の手を機械の顔で売り出した場所が、機械のほうが安くなったから閉じる。
これ以上ないくらい分かりやすい終わり方だと思う。
出典
- Amazon Mechanical Turk(公式トップ・閉鎖のお知らせ)
- Amazon Mechanical Turk|Help(閉鎖に伴う日程のFAQ)
- TechCrunch|Amazon will stop accepting new customers for Mechanical Turk(2026年7月5日)
- Tech Times|Amazon Mechanical Turk Will Close September 30, Shutting Down SageMaker Ground Truth Too(2026年8月26日)
- arXiv|Artificial Artificial Artificial Intelligence: Crowd Workers Widely Use Large Language Models for Text Production Tasks(2023年6月13日)
※運営者が個人で書いているnoteです。