三日休むと決めてから、何が本当に止まるのかを初めて数えた
十年以上ひとりでやってきて、いちばん下手なままだったのが休むことだった。
止まると思っていたもののうち、本当に止まるのは三つだけだった。
八月の終わりに、三日だけ休もうと思った。
まる子を連れてどこかへ行って、何も持たずに帰ってくる。
それだけのことなのに、日程を決める段になって手が止まった。
三日空けたら何が止まるのか、自分でも分かっていなかったからだ。
十年以上ひとりで仕事をしていて、いちばん下手なままだったのが、この「休む」だったと思う。
止まると困るものが、頭の中にしかなかった
怖かったのは、たぶん仕事の量ではない。
何が止まるのかを一度も数えたことがなかった、という状態のほうだ。
数えていないから、全部が止まる気がしてくる。
全部が止まる気がするから、休まないほうが安全に思えてくる。
この十年、休みを削る判断はいつも同じ形だった。
損得を比べたのではなく、比べる材料がなかったから、動かないほうを選んでいただけだった。
これは仕事の話というより、把握の話だと思う。
紙に書き出したら、本当に止まるのは三つだけだった
それで、抱えているものを一枚の紙に全部書いた。
顧客のサイト、保守契約、問い合わせフォームの通知、請求、原稿、自分のサイト。
数えたら二十いくつあった。
その横に「三日放っておいたらどうなるか」を一行ずつ書いていった。
ほとんどは、何も起きなかった。
返事が三日遅れるだけのものが大半で、遅れて困る人が実際にいるのは三つだけだった。
サーバーが落ちたときの連絡先、決済まわりの障害、そして納品日が動かせない案件がひとつ。
二十いくつのうち三つ。
この数字を見た瞬間に、休めないと思っていた理由がだいぶ薄くなった。
返事が遅れるのと、動かなくなるのは別の話だった
書き出してみて、自分が二つのことを混ぜていたのが分かった。
ひとつは、僕が反応しないと物事が進まないもの。
もうひとつは、僕が反応しなくても動き続けるけれど、壊れたときだけ人手が要るもの。
前者は、要するに待ってもらえる。
後者は待ってもらえないが、そもそも滅多に起きない。
滅多に起きないことのために毎日構えていたのが、この十年のやり方だった。
電波の届かないキャンプ場に行ったときにも似たことを考えていて、あのときは自分の仕事の半分は確認だったという書き方をした。
今回はそれをもう一段細かくして、確認のうち何が本当に急ぎなのかを分けた形になる。
先に言っておくだけで、半分は問題でなくなった
やったことは拍子抜けするくらい単純だった。
休む十日前に、関わっている人全員へ一斉に一行送った。
この日からこの日まで返事が遅れます、急ぎのときはこの番号へ、と書いただけ。
返ってきた反応は、ほぼ全部が「了解しました」だった。
一件だけ「じゃあ前倒しで確認しておきます」と言ってくれた人がいて、それで納品日の案件も片づいた。
先に言うか、黙って消えるか。
同じ三日でも、相手にとっては別のできごとになる。
僕が恐れていたのは不在そのものではなく、説明のない不在だったのだと思う。
トラックに乗っていた頃は、休みが人に決められていた
長い距離を走る仕事をしていた頃、休みは自分で決めるものではなかった。
運行の計画があって、拘束できる時間の上限が決まっていて、その枠の中に休息が組み込まれていた。
窮屈だと思っていたけれど、いま振り返ると、あれは「休みを予定に先に置く」やり方だった。
空いたら休む、ではなく、休みの場所を決めてから残りに仕事を並べる。
いまの僕は逆をやっていた。
先に仕事を全部並べて、余ったところに休みを入れようとしていた。
余りは出ない。
当たり前の話で、余ったら別の仕事を入れてしまうからだ。
あの頃に窮屈だと感じていた仕組みのほうが、よほど人を守っていたのだと思う。
休めない仕事は、たいてい引き継げない仕事だった
今回いちばん引っかかったのは、三つ残ったもののうち二つが「僕しか手順を知らない」ものだったことだ。
難しいわけではない。
ただ、どこに何があってどういう順番で触るのかが、頭の中にしか置いていなかった。
だから休みから戻ったあと、その二つの手順を文章にして、顧客側にも渡した。
渡してみたら、片方は先方の担当者だけで完結できるものだった。
抱えていたつもりで、抱え込んでいただけだった。
休めるかどうかは、気持ちの問題でも根性の問題でもない。
誰かに渡せる形になっているかどうか、という設計の問題だった。
三日空けて帰ってきて、止まっていたものはひとつもなかった。
溜まっていたのはメールが十七通で、そのうち急ぎは一通もなかった。
次は、休む前に数えるところから始めようと思う。
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