朝いちばんに火を起こすのをやめた。前の晩に沸かした湯が、翌朝の二十分を返してくれた
キャンプの朝がばたつくのは、湯を沸かすところから始めているからだった。
夕食の片付けのついでに、もう一回だけ沸かしておく。
キャンプの朝は、たいてい湯を沸かすところから始まる。
起きる。
ガスをつなぐ。
火をつける。
鍋に水を入れて、沸くまで待つ。
そこからコーヒーを淹れるので、口に入るまでにだいたい二十分かかっていた。
その二十分がずっと嫌だった。
寒いし、まだ頭も動いていないのに、いちばん面倒な作業が最初に来る。
ある日、夕食の片付けをしながら思いついて、そのまま鍋にもう一杯ぶんの水を足した。
火はもう出ているので、追加でかかる手間はほとんどない。
翌朝、それだけで朝が変わった。
朝の湯は、いちばん条件が悪い
同じ量の水を沸かすのに、朝は夜より時間がかかる。
まず水そのものが冷えている。
夜のうちに外気の温度まで下がっているので、出発地点が違う。
ガスも冷えている。
缶の中では液体になっていて、缶が冷えると気体になりにくく、火が細くなる。
このあたりはガス缶が二種類あるという話に書いたとおりで、寒い時期ほど差が出る。
そして朝は風がある日が多い。
風が当たると、せっかく出た熱が鍋の横を素通りしていく。
条件の悪い時間帯に、いちばん急いでいる作業を置いていた。
順番が逆だったのだと思う。
夜のうちに沸かすと、何も足さずに済む
夜は逆に、条件がいい。
すでに火を出している。
調理で使った鍋がそのまま使える。
気温も朝ほどは下がっていない。
風も、夕方から夜にかけては落ち着くことが多い。
やることは、片付けの最後にもう一回だけ沸かして、容器に移すだけだ。
ガスの消費はほとんど変わらない。
かかる時間は五分ほど増える。
そのかわり、朝の二十分が丸ごと消える。
前の晩に仕込んでおくと朝が楽になる、というのは出汁を水に入れておく話でも書いた。
あれと同じ考え方で、湯のほうがもっと分かりやすく効く。
何に入れるかで、翌朝の温度が決まる
ここが本題だ。
同じ湯を入れても、容器で翌朝の温度がはっきり変わる。
保温できる水筒には、たいてい保温の性能が書いてある。
六時間後におよそ何度、という書き方が多い。
寝る前に入れて朝に使うなら、間はだいたい八時間から十時間なので、六時間後の数字よりもう少し下がると思っておくといい。
覚えておくと得なことが三つある。
ひとつめは、いっぱいまで入れたほうが冷めにくいこと。
中の空気が少ないほど、熱の逃げ場が減る。
半分だけ入れると、翌朝はっきりぬるい。
ふたつめは、注ぐ前に一度温めておくこと。
先に熱い湯を入れて、少し置いてから捨てる。
それから本番の湯を入れる。
冷たい金属に熱を取られるぶんを、先に払っておく感覚だ。
みっつめは、口の広さと保温は釣り合わないこと。
口が広いものは注ぎやすいし洗いやすいが、そのぶん熱が逃げやすい。
朝いちのコーヒー用なら口の小さいもの、みんなで使うなら注ぎやすいものと、用途で分けたほうが結局うまくいく。
うちで使っている組み合わせ
ひとりぶんを確実に熱いまま持ち越したいときと、家族で使う量を確保したいときで、入れ物を分けている。
値段の差は、そのまま翌朝の温度の差だと思っていい。
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湯があると、朝にできることが三つ増える
コーヒーだけの話ではなかった、というのが誤算だった。
ひとつは、洗い物だ。
夜のうちに軽く流しておいた食器に、朝ぬるま湯をかけると油の残りがすっと落ちる。
冷たい水に手を突っ込まなくていいのも大きい。
秋以降のキャンプ場の水は、思っているより冷たい。
ひとつは、顔を洗うほうだ。
洗面器に少し足すだけで、水の冷たさが我慢できる程度になる。
これで朝の身支度が早くなった。
最後のひとつは、出発してからのぶん。
残った湯をそのまま水筒に移せば、走っている途中で温かいものが飲める。
道の駅まで我慢しなくてよくなった。
入れないほうがよかったもの
調子に乗って、いろいろ入れて失敗した。
お茶を入れたら、次に湯を入れたときに匂いが残った。
味噌汁は、洗ったつもりでも翌週まで匂った。
内側に細かい傷があると、そこに残るのだと思う。
牛乳やスープのように傷みやすいものは、そもそも入れないほうがいい。
保温しているということは、傷みやすい温度をずっと保っているということでもある。
いまは中身を湯だけと決めている。
湯なら、朝になってから何にでも使える。
先に用途を決めてしまうより、決めないまま持っていったほうが働く場面が多い、というのはよくある話だと思う。
五分先払いして、二十分受け取る
この工夫の何がいいかというと、増えた手間が夜にあることだ。
夜は時間があって、体も動いている。
朝は時間がなくて、体が動いていない。
同じ五分でも、置く場所で価値がまるで違う。
撤収の時間も少し早くなった。
朝いちで火を出さなくていいと、そのぶんガス周りの片付けが一回で済む。
湯を沸かすためだけに広げていたものが、そもそも広がらない。
道具を買い足して時間を縮めようとすると、たいていお金がかかる。
置く場所を夜に移すだけなら、かかるのは五分だけだ。
このやり方に替えてから、朝いちばんにやることがコーヒーを注ぐことになった。
それが思っていたよりずっと気分がいい。