AIが書いたなら、そう書けという決まりが動きはじめた。条文を読んだら、ラベルの話ではなかった
EUのAI法の透明性ルールが、八月二日から動きはじめた。
僕もAIに手伝ってもらって書いているので、他人事ではないと思って条文を開いた。
書いてあったのは、貼り紙の話ではなかった。
AIが作ったものには、AIが作ったと分かるようにしておくこと。
EUがそういう決まりを動かしはじめた、という記事を見た。
僕はこのブログを、AIに手伝ってもらいながら書いている。
他人事ではないな、と一瞬身構えて、そのあと条文のほうを読みに行った。
読んでみたら、思っていた話とだいぶ違った。
何があったのか
2026年8月2日から、EUのAI法のうち透明性についての決まりが適用されるようになった。
欧州委員会のAIオフィスと各国の当局が、執行を始めている。
中身はだいたい四つに分けられる。
ひとつ、チャットボットのように人と直接やりとりするAIは、相手に対して自分がAIであると伝えなければならない。
ふたつ、AIが作った音声や画像や動画や文章には、機械が読み取れる形で印をつける。これは道具を出す側、つまり生成AIを提供している会社の義務になっている。
みっつ、本物に見えるように人や出来事を作り変えたもの、いわゆるディープフェイクは、公開する側が「これはAIで作った」と明かす。ただし芸術的、創作的、風刺的、虚構の作品については、表示や鑑賞を妨げない適切な方法で示せばよいとされている。
よっつ、公共の関心事について世の中に伝える目的で公開される文章をAIに書かせた場合も、その旨を明かす。
この四つ目に、但し書きが付いている。
人間による確認や編集上の管理を経ていて、その公開について編集上の責任を負う人か会社がいるなら、この義務は適用されない。
守らなかったときの制裁は、最大で1,500万ユーロか、全世界の年間売上高の3パーセントか、高いほうまで。
ちなみに、そもそも禁止されている使い方をした場合はこれより重く、3,500万ユーロか7パーセントになる。
表示のやり方についての行動規範には、すでに180を超える組織が署名しているそうだ。
僕がひっかかったところ
いちばん引っかかったのは、四つ目の但し書きだ。
人が目を通していて、責任を持つ人がいるなら、書かなくていい。
これは裏を返すと、法律が求めているのは「AIを使うな」でも「AIと書け」でもないということになる。
誰が責任を持っているのかをはっきりさせろ、と言っている。
貼り紙は、責任の代わりにならない。
逆に、引き受ける人がいるなら貼り紙はいらない、とまで言っている。
ずいぶん筋の通った書き方だと思った。
AIで書きましたと小さく添えるだけで免罪される仕組みにしなかったのは、いい判断ではないだろうか。
ふたつめ。
機械が読み取れる印をつけるのは、道具を出す側の仕事だと明記されている。
僕のような書き手が手元でやることは、思っていたより少ない。
それより、編集責任を負っているのは僕だと言える状態を保っておくほうが、たぶん実質がある。
みっつめは、芸術と風刺の例外の書き方だ。
表示や鑑賞を妨げない適切な方法で、という言い回しになっている。
ラベルが作品を壊すことがある、と法律のほうが認めている。
ルールを作る側が、貼りすぎたら読めなくなることを分かっているわけだ。
こういう但し書きを見ると、書いた人が実物を見ながら作ったのだろうな、と思う。
よっつめ。
正直に書くと、この条文が日本で個人ブログをやっている僕にそのまま降ってくるわけではない。
効くのはEUの市場に出す側と、EUで使われる場合だ。
それでも読んだのは、この考え方のほうが先に来ると思ったからだ。
投稿の場所を貸している側が、世界共通の仕様として印をつける仕組みを実装してしまえば、住んでいる場所に関係なく回ってくる。
発信する側の身元や責任を先に押さえにいく流れは、検索の中に個人のページができた話と同じ向きを向いている。
で、僕はどうするか
ひとつ、公開する前に全部自分で読んで直す。
これは前からやっている。
但し書きに書いてあった免除の条件が、そのまま僕のやるべきことの説明になっていた、というだけの話だ。
法律に言われる前から、手を抜けない部分ではあった。
ふたつ、誰が書いているのかをサイトに出しておく。
運営者の情報を隠さない。
責任を負う人がいる、というのは、まず名前が出ていることから始まる。
みっつ、数字と日付は一次情報で取り直す。
AIが出してきた数値をそのまま載せない。
この記事の金額とパーセントも、条文と欧州委員会の発表を開いて確かめた。
ここを省いた瞬間に、編集責任という言葉が空っぽになる。
よっつ、丸ごと書かせて出す、はやらない。
ラベルを貼れば済む話にしてしまうと、たぶん自分の文章ではなくなる。
読んでくれる人に対して、それは失礼だと思う。
ラベルの話だと思って読みはじめて、責任の話だった。
決まりが増えたというより、当たり前のことが書き出されただけのような気もする。
貼り紙を用意するより、目を通す時間を確保するほうが先だ。
出典
※運営者が個人で書いているnoteです。